暮らし

本庄の大樟と後世に残したいもの【築上町】


福岡県築上郡築上町に「本庄の大樟」と呼ばれる推定樹齢1900年の巨木があります。大正11年(1922年)に国の天然記念物に指定された本庄の大樟は、日本三大楠の一つにもなっています。
こんにちは、京築ママライターのあゆみです。今回はこの本庄の大樟を中心にした、新古を紬ぐストーリーをお届けします。

『大樟の里/田舎日記』で世代を超えたコラボレーション

京築の郷土研究家で「田舎日記シリーズ」の著者である光畑浩治さんが、2021年9月に『大樟の里/田舎日記』を出版しました。この本で5冊目になる「田舎日記シリーズ」。同級生の書家・棚田看山さんの題字に加え、命の限り本庄の大樟を描き続けた嶋田隆さんの作品、嶋田隆さんの父・嶋田徳三さんの作品(書)と、妻・嶋田洋子さんの作品(短歌)を光畑浩治さんのエッセイ108話の田舎日記に織り交ぜて、見事な新しい作品が生まれました。

『大樟の里/田舎日記』の見どころ

野元桂さんが撮影した、本庄の大樟

表紙に立派な本庄の大樟。1900年という長い間この地に根を張り、歴史を見てきた存在です。上にある大樟の写真を撮影したのは野元桂さん。嶋田隆さんの義理の息子(嶋田隆さんの長女・野元千寿子さんの夫)です。この記事の執筆に際し、現在東京に住む野元夫妻にオンライン取材を行いました。内容は次章にまとめています。

実は見どころ満載な本で、さらっと紹介するにはもったいないというのが本音です。書・画・短歌・エッセイそれぞれが本になってもいいくらいの内容が、1冊にまとめられているのですから盛りだくさんであることは間違いありません。そこで「なぜ4冊に分けずに1冊にまとめているのか」と思うかもしれませんが、私はあえて1冊にまとめたことに大切な意味があると、取材を通して感じました。これからその意味について、この記事でゆっくりと伝えていきます。


花乱社のホームページから本の購入ができます。(下記は外部リンクです。)
花乱社・『大樟の里/田舎日記』

光畑浩治ブログ(下記は外部リンクです。)
「田舎散人のつぶやき」

田舎日記として出版するに至った経緯

本庄にある野元千寿子さんの実家には、祖父の書と父の絵

本庄の大樟を描き続けた嶋田隆さんの作品は、自宅や個人宅以外に築上町役場、周防灘カントリークラブ、浄興寺などにも所蔵されています。以前光畑さんが制作に関わった書籍『九州沖縄の巨樹』(榊 晃弘著、花乱社)に、本庄の大樟が掲載されていることを知った嶋田隆さんの娘・野元千寿子さんは、共通の知人である築上町町長の新川久三さんに、光畑さんを紹介してもらいました。光畑さんは郷土研究家で、郷土に埋もれるさまざまな興味深いことを取り上げていて、千寿子さんにかずら筆の復元(※)に成功したことを話したそうです。
※:「けいちく暮らし」で過去にかずら筆の復元に関する記事を掲載しています。→「かずら筆が生まれたみやこ町でかずら筆作り体験!」

嶋田徳三さんが使っていた自作のかずら筆

千寿子さんが祖父・嶋田徳三さん自作のかずら筆を使って創作をしていたことを話すと、光畑さんの関心指数が最高値に達したのは当然のことでした。かずら筆といえば、小笠原藩主の書の師範を務めた下枝董村(とうそん)が生み出した筆。小笠原藩主に仕えていた一族の子孫である徳三さんがかずら筆を自作し遺していた書と出会ったことに運命を感じたかもしれません。さらに光畑さんが関わった『九州沖縄の巨樹』がきっかけで、「大樟の画家」として知られる嶋田隆さんの作品にも、千寿子さんを通じて出会いました。

かつて営んでいた呉服商「井ノ口商店」の屋号は、千寿子さんの曾祖母の実家の姓。大正〜昭和(戦前)の「引き札」(チラシ)の字は祖父、嶋田徳三さん。原本は築上町(旧蔵内邸)所蔵

この出会いによって、嶋田家の人々が遺した「書」「画」「短歌」が何かに導かれるように『大樟の里/田舎日記』の中で、光畑さんのエッセイにのせて三人三様の世界観を奏でます。

かずら筆の書:嶋田徳三さん(1890〜1982)
幕末から明治にかけて活躍した書家・下枝董村が作り出したかずら筆を再現し、かずら筆で書いた作品を残しています。嶋田家は小笠原藩主とともに逃げ伸びた一族だそうで、董村のかずら筆のことを伝え聞いていたのでしょう。
大楠の絵:嶋田隆(1916〜2010)
3歳の頃、クレヨンで初めて描いた絵は大楠でした。美術学校への進学は叶わず、地元の小中学校で美術と数学を教えていました。94歳で人生の幕を閉じるまでの80余年、大楠を描き続けました。
嶋田隆公式サイト(外部リンク)
「楠水ギャラリー」
短歌で日常を表現:嶋田洋子(1920〜2000)
佐賀県出身で、小学校に勤務。結婚後は地元の小学校で教鞭をとりました。大正〜昭和に求められた女性の生き方を守り、調和と節度を保つ暮らしの中、畑仕事などの日常生活に転がる感動や想いを短歌で表現しました。
後に2人の娘によって、遺歌集『みぞそば 嶋田洋子歌集』(2008年 早蕨文庫)として残されています。

「継承するもの」の変化と「地域の未来」の構想

オンライン取材で撮影。左から野元千寿子さん、野元桂さん、筆者(木村)

嶋田家の長女、野元千寿子さんの実家は築100年の古民家。野元夫妻は東京から、定期的に築上町本庄にある千寿子さんの実家に帰って庭と家の手入れをするそうです。今回の取材時はお二人が東京だったので、オンラインで取材をしました。

なぜ2拠点で活動?

東京に住みながら、定期的に本庄の実家へ戻ってくる生活を続けている野元夫妻ですが、どちらも大切な「場」と語ります。なぜこのようなスタイルになったのかは、ずっと昔の嶋田家と千寿子さんの話から始まります。

本庄にある千寿子さんの実家

実家は本庄の大樟から、わずか200mのところにあります。千寿子さんはこの家で祖父と両親、妹の千佳子さんと過ごしました。祖父の徳三さんは1890年(明治23年)生まれで、明治民法の「家制度」の考え方を重んじていたそうです。時代は変わり今の民法ができ「家制度」がなくなっても、日本人からこれまでの「家」という概念がすぐに崩れることはなく、古い伝統や文化を大切にする地域であればあるほど、その考えは人々に浸透していたのでしょう。

実家の庭

二人姉妹で長女だった千寿子さんは、日常的に「家を継ぐ」責任について言い聞かされて育ちました。成長して(簡単ではありませんでしたが)、家から出ることを許された千寿子さんは初めて「外」の世界に触れて、今まで知っていた価値観や自分の思い・責任と新しい価値観の間で、たくさんのことを考え決断しなければなりませんでした。

野元桂さんとの結婚後はこれまでの世界とは全く違い、海外生活も経験しました。それらの経験は、当時から職業にしていた日本語教師や日本語教育の研究・勉強にも役立っているといいます。「家」中心の考え方から、グローバルな思考への広がりは、考えただけでも天地がひっくり返るほどの変化です。

自由に羽ばたく翼を手に入れた千寿子さんは、再び原点に立ち返って考えたそうです。自分が本当に「継いでいくべきもの」が何なのかを。
当時は「家」が大事だったことは常識でしたが、時代と共に価値観は変わります。それでも「本当に大事なものの本質は、変わらないのではないだろうか。本当に継がなければならないのは『家』そのものではなく、その奥にあるものではないだろうか・・・」と、深く深く考えたそうです。

なぜ2拠点なのかに話を戻します。すでに東京に生活の基盤ができていた野元夫妻ですが、嶋田家の人々の軌跡を後世に残し、有効活用することが望ましいと考えるようになり、定期的に本庄の実家へ戻り、「地域の未来」の構想を形にするために活動を始めています。

それなら近い将来、東京から本庄の実家への引っ越しはありうるのかと思い、聞いてみました。
「中に入ってしまうと見えないことがある」のだそうです。確かに、外にいるからこそ見えることがあります。また地域に必要なもの、地域外の人がこの地域に欲しいと思っているものもわかるかもしれません。地域特有のものも、中に入ってしまうと見逃しがちですが、外にいると敏感になります。そのような考えを聞きながら、外からの爽やかで新しい風も通る、古くて新しくて心地よい未来作りが進むといいなと思いました。

野元夫妻が引き継ぎ、新しく命を吹き込む作業とは

本庄の大樟 1996年 個人蔵 【画:嶋田隆】

千寿子さんは、自分に課せられていた責任と新しく獲得した生き方が、相反するもののように思えていた時は、申し訳なさや後ろめたさ感じていたそうです。しかし年月を重ねるうちにそれらを相反するものと見ず、並べて考えられるようになったそうです。そして祖父や両親への感謝とともに、昔の「家を継ぐ」という形ではなく、嶋田家の供養になることをしたいと考えようになりました。

浄興寺障壁画(襖絵) 1996年 築上町 浄興寺蔵【画:嶋田隆】

現在は夫の桂さんと共に、築100年になる実家(古民家)を有効活用する準備を進めています。
カフェ&民泊、ドッグランのあるカフェ、嶋田隆の絵をめぐる町内ツアー、大樟のライトアップ・コンサート、神楽文化の継承と上演、埋もれた古民家の発掘・見学ツアー、都会の人に向けた「古民家宿泊・立ち寄り温泉・着物で巡る和の旅」などの企画をあたため中です。
また地域のネットワークも作り、古民家、カフェなどで連携していくことも考えているそう。特に今年(2021年)11月に古民家をDIYで再生し、みやこ町犀川にオープンした「アンティーク&カフェ Annola」(※)が始めた「角打ちコーヒー®」文化が定着すると楽しいと語ります。

※:古民家DIYの「アンティーク&カフェ Annola」のオープン直前の記事は、「けいちく暮らし」に掲載しています。→駅前に古民家でアンティークカフェがオープン【みやこ町犀川】古民家DIYパート2

友人が泊まれるように、ベッドがいくつも置かれている

遠隔授業で海外の人に日本語を教え、実家で合宿して地域の方々と交流したいという思いもあります。千寿子さんは長いキャリアを持つ日本語教師。桂さんもまたボランティアで日本語を教えています。地域・日本だけではなく国際交流にまで広げるプランにワクワクします。

野元夫妻の紹介

本庄の実家、嶋田家のこと、大樟、日本語教師の道を切り開いたこと、桂さんとの出会いで世界が広がったことなど、野元夫妻からオンラインでたくさんのお話をうかがいました。この章の最後に、簡単ですがお二人のプロフィールを紹介します。

野元 桂(のもと・けい)さん


1954(昭和29)年3月4日東京都目黒区生まれ。小学校4年〜中学1年までイギリスのロンドンで、高校の1年をブラジルのサンパウロで過ごす。慶應義塾大学卒業。KDDI入社。リスボン大学留学(1978~1980)、在アラブ首長国連邦日本国大使館勤務(1984~86)、ブラジル連邦共和国KDDIサンパウロ事務所長(1992~95)、一貫して国際協力業務に従事し定年を迎える。目黒ウォーキングクラブ及び東山フォトクラブ在籍。

野元 千寿子(のもと・ちずこ)さん


1953(昭和28)年10月10日福岡県築上郡生まれ。福岡教育大学、東京学芸大学大学院(日本語教育学修士)、昭和女子大学日本語科博士課程後期修了。国際協力事業団(JICA)、明治大学、聖心インターナショナルスクール、JETRO専門家アドバイザー(ビジネス日本語テスト開発)、立命館アジア太平洋大学言語教育センター教授。夫の海外勤務に同道。サンパウロカトリック大学(PUC)応用言語学科大学院(修士課程)在籍。サンパウロ大学日本語学科非常勤講師を務める。現在、ヒューマンアカデミー日本語教師養成講座講師。

古い文化と新しい文化の融合

本庄の大樟を中心にした新古を紬ぐストーリー、長編になりましたがいかがでしたか?この1冊に3世代の感性・価値観が詰まっています。それぞれに表現の方法が違っていますが、「その時の想い」が作品に込められています。その時その時の価値観を大切にしながら、今とこれから先を楽しく暮らすための活動の出発点になるような1冊だと思いました。

古いものを生かし新しいものを取り入れる、野元夫妻の新古を融合させた地域作りのお話は、とても興味深かったです。京築地域には同じように地域を盛り上げていきたいと考えている人がたくさんいると思います。そのような人たちがネットワークを拡げて、協力していけるといいですね。私は京築ママライターとして、そのような情報をどんどん発信して、皆さんが繋がれるきっかけ作りができればと考えています。

ABOUT ME
あゆみ
美容&医療ライター、美容・医療分野記事広告類の法令チェック・リライト、記事の編集・校正・校閲、薬事コンサルティング、西日本新聞社発行の地域情報紙「ファンファン北九州」ライター。過去に臨床検査技師から研究開発職にキャリアチェンジし、化粧品開発者として10年勤務後、大学で法学を学ぶ。 学生時代は英語オンチ、今は洋書オタク。趣味が高じて『ピーターラビットで学ぶ!英語イメージ楽読術』(主婦の友社)を商業出版。尼崎市出身、行橋市在住。「英語絵本の会」代表。